シンポジウムアブストラクト

S1 ヒトの進化とロボットの進化、
           その行く末を探る
高知工科大学開学10周年記念公開フォーラム
日本人類学会・高知工科大学共催
日時:11月3日(金)10:00〜12:00
会場:講堂
開催趣旨
 諸科学が急速に発展する現代において、我々はともすれば実用的な科学技術の進歩に目を奪われ、それを追い求めて日々の生活を送りがちです。しかしながら、われわれが遠い祖先から現代まで学問を発展させてきたのは、生活の利便さを追求するためだけではありませんでした。その大きな目標のひとつは、われわれ自身はどんな存在として進化してきたのか、すなわち人類とは何かについて知ることに努めてきました。
 現在地球上に存在している人類は、わたしたちホモ・サピエンスただ一種です。しかし、700万年に及ぶ人類進化の歴史のなかで、これは非常に珍しいことです。つい数万年前まで、地球上には複数の人類種が共存していたことが分かっているからです。もしわたしたち現代人とよく似た種がいまでも存在していれば、わたしたち自身のこともよりよく理解できたことでしょう。残念ながらそのような種はすべて絶滅してしまいました。しかし、現代のわたしたちは、生物以外でわたしたちとよく似た存在を知っています。それが、ASIMOに代表されるヒューマノイドロボットです。
 ヒューマノイドロボットは、ヒトが、ヒトに似せて設計したものです。しかし、ヒトとうりふたつではありません。また、ヒトは進化の産物ですが、ヒューマノイドロボットはヒトが創造したものです。わたしたちとヒューマノイドロボットは、どこが同じで、どこが異なるのでしょうか?あるいはわたしたちがASIMOを見て感じる「ヒトらしさ」とはいったい何なのでしょうか?このフォーラムでは、ロボット史上初の二足歩行を実現したASIMOと、ヒトの進化について考える人類学者の対話を通じて、ヒトとは何か、ロボットとは何か、そして、ヒトとロボットの行く末について考えていきます。
総合司会
 斎藤成也(国立遺伝学研究所・教授)
プログラム
10:00〜10:20
「ヒトのからだとASIMOのからだ」
荻原直道(京都大学大学院理学研究科・助手)
重見聡史(本田技術研究所・基礎技術研究所・主任研究員)
 直立二足歩行はヒトの最大の特徴ですが、実はかなり複雑なしくみで成り立っています。では、同じように二足歩行をするASIMOではどのようなしくみになっているのでしょうか?ヒトの歩行の研究者とASIMOの開発者が、両者の違いについて論じます。
10:20〜10:50
「今なぜ、二足歩行ロボットか」
吉野浩行(本田技研工業株式会社・取締役相談役/
                 高知工科大学・客員教授)
岡村 甫(高知工科大学・学長)
 ASIMOの挑戦とは何だったか、ASIMO誕生の経緯、ASIMOの目指すもの、21世紀に向けてASIMOは何を考える。
10:50〜11:40
パネルディスカッション
「ヒトとロボットの進化の行く末」
パネリスト
吉野浩行(本田技研工業株式会社・取締役相談役/
                 高知工科大学・客員教授)
岡村 甫(高知工科大学・学長)
王 碩玉(高知工科大学知能機械システム工学科・教授
山極寿一(京都大学大学院理学系研究科・教授)
小田 亮(名古屋工業大学大学院工学研究科・助教授)
 ヒトは直立二足歩行を始めてから、さまざまな変化を経て現在に至っています。では、ASIMOはこれからどう変化していくのでしょうか?また、ASIMOの存在によってヒトの見方はどのように変わっていくのでしょうか?ヒトとロボットのこれからについて、いくつかの視点から考えていきます。
11:40〜12:00
「ASIMOのパフォーマンス」
本田技術研究所、株式会社エンターテイメントボウル
 歩行・階段登り・障害物回避・対話・握手・ダンス・走る等予定
S2 ネアンデルタールの脳と
        プロトクロマニョンの脳
オーガナイザー 赤澤 威(高知工科大学)
        近藤 修(東京大学)
日時:11月3日(金)13:00〜15:30
会場:B会場 (教育研究棟C102)
開催趣旨
 ネアンデルタールは、われわれの直接の祖先ではないものの、最後の隣人として生きた化石人類である。石器などの道具製作などの考古学的な証拠によると、ネアンデルタールは行動や認知において、クロマニョンに能力的に劣っていたと推定される。このような能力の差が、脳の形態の差に起因すると仮定し、化石人類の脳を現生人類の脳との形態比較において推定することが、ネアンデルタールの化石頭蓋内にかつて存在した脳を推定する研究の意義である。
 これまでの化石頭蓋の研究では頭蓋内容積の評価が中心であった。頭蓋内容積の比較では、ネアンデルタールの場合、現生人類と同等か、むしろより大きいとされている。両者の脳の差異をより明瞭化しようとすると、従来の頭蓋内容積による評価に加えて、脳の局所領野の比較評価が必要となる。化石頭蓋から大脳局所領野の発達程度を推定する場合には、頭蓋内キャストの形状から、脳表面の局所的な膨隆の有無を推定することしかできない。われわれの研究においても、ネアンデルタールの化石頭蓋内キャストを現生人の頭蓋内キャストと比較して、脳の外形の差異を相対的な膨隆・陥凹の変化として定量化することになる。
 本シンポジウムでは、ネアンデルタールの化石頭蓋を原形に復し、クロマニョン化石頭蓋との形態的差異を比較評価するための方法理論と関連技術と分析解析結果を紹介する。
総合司会
 小林 靖(防衛医科大学校・教授)
プログラム
第1部:化石人類の脳の復元にチャレンジ
化石ヒト頭骨からの3次元仮想脳復元
定藤規弘・豊田浩士(生理学研究所・心理生理)
Inferring brains from reconstructed endocasts using functional neuroimaging technique
SADATO, N., TOYODA, H.
 ネアンデルタール人の化石頭蓋骨内腔に脳実質を復元し、現代人の脳と比較検討する。機能的磁気共鳴画像MRI(fMRI)は、局所脳血流の変動を神経活動のパラメータとして画像化する方法で、詳細な3次元脳解剖画像に重ね合わせることにより、現代人における脳機能の局在は詳細に調べられている。まずネアンデルタール人の化石頭蓋骨の復元標本のレプリカを,X線CTを用いてスキャンし、3次元データとして得た。次いで、現生人を被験者として、頭部MRIを撮像し、脳および頭蓋の3次元データを得た。現生人の頭蓋内腔の表面と、化石頭蓋のエンドキャスト表面が一致するように現生人の脳を変換し、化石頭蓋内腔に当て嵌め、復元脳とした。
出アフリカと学習の進化
青木健一(東大・理・人類)
Out of Africa and the Evolution of Learning
AOKI, K.
 The conditions for the evolution of individual and social learning in a temporally changing environment are reviewed. Drastic and frequent changes of the environment are seen to favor a mixed learning strategy with a strong dependence on individual learning. Then I present a new model, which explores the effect of range expansion into a spatially heterogeneous environment. I argue that Out of Africa was the prime mover in the evolution of the innovative abilities that underlie modern human behavior. Since Neanderthals, unlike humans, did not experience a rapid range expansion, their innovative abilities remained undeveloped. On the other hand, the Chatelperronian suggests they were fully capable of precise social learning, possibly supported by a language faculty.
第2部:アムッドとカフゼーの脳にチャレンジ
アムッドの頭蓋とカフゼーの頭蓋:形態比較
○奈良貴史(国際医療福祉大・リハ)、近藤 修(東大・理・人類)
Comparison of cranial morphology of Amud and Qafzeh
NARA, T. and KONDO, O.
 アムッド洞窟1号とカフゼー洞窟9号は、イスラエルの50Hも離れていない洞穴遺跡の中期旧石器時代のムスティエ文化層から出土した化石人骨だが、形態学的な差は大きい。カフゼー9号の頭骨は、歯が大きいなどの若干の原始的な特徴を示すが、眼窩上隆起が存在せず、前頭骨が垂直に立ち上がるなど基本的に現代人とは区別できず、解剖学的現代人とみなされる。一方、アムッド1号の頭骨は、乳様突起が大きいなど現代人的な特徴もみられるが、眼窩上隆起が存在し、側面観は菱形、後面観は円形を示し、イニオン上窩や弱いながらも後頭髷が存在するなど典型的なネアンデルタールの特徴をほとんど持ち合わせることからネアンデルタールとして問題ないと思われる。
アムッドの脳とカフゼーの脳:復元・形態比較
○近藤 修・福本 敬(東大・理・人類)、藤森智行・菱田寛之・鈴木宏正(東大・先端研)
Inferring brains of Amud and Qafzeh: comparisons of reconstructed endocasts
KONDO, O., FUKUMOTO,T., FUJIMORI,T., HISHIDA,H., SUZUKI H.
 化石脳研究のベースとなる形態情報は、脳の鋳型 (endocranial cast, or endocast) からのみ得られる。したがって化石人類の“脳”を類推するには復元されたendocastの正確さとともに、endocast上の形態特徴と脳の解剖学的構造との対応関係(あるいはその変異)がわからなければならない。本発表では、アムッド1号とカフゼー9号の連続CTデータよりendocastモデルを作成した経緯を報告する。また、現代人MRI画像より脳とendocastの解剖学的位置関係を推定し、その変異を考慮しつつ、アムッドとカフゼーのendocast形態を比較する。
ヒト科頭蓋の内部構造、硬組織と軟組織の関係を定量化する
Quantifying the relationship between internal hard and soft tissue structures in the hominid cranium
Marcia S. PONCE de LEON and Christoph P.E. ZOLLIKOFER (Anthropological Institute, University of Zurich, Zurich, Switzerland)
 The structure of the endocranium is the only morphological source of information documenting hominid brain evolution. However, it is often overseen that "brain endocasts" do not represent the surface of the brain, but are the result of a complex interplay between this latter structure, its surrounding soft tissues, and the internal table of the cranial vault. Surprisingly, relatively few information is available about the quantitative relationship between endocranial hard and soft tissues, although this information is crucial to infer patterns of evolutionary change in the hominid brain. Here, we propose an array of data sampling techniques and analytical methods that are needed to settle long-standing questions regarding the significance of fossil endocranial structures for the quantitative investigation of fossil brain morphology.
S3 日本列島の地域差
オーガナイザー 斎藤成也(国立遺伝学研究所)
         川田順造(神奈川大学)
日時:11月3日(金)15:30〜17:50
会場:B会場 (教育研究棟C102)
開催趣旨
 弓なりに連なる日本列島は、その北と南に位置する千島列島、琉球列島とともに、ユーラシア大陸の東端に横たわっている。面積こそ小さいものの、南北数千キロメートルに伸びるこの三弧には、長い時間にわたって大陸のさまざまな人類集団が移り住んできた。このため、三弧内には遺伝的にも文化的にも無視できない、時にはきわめて大きな地域差が培われている。本シンポジウムでは、それぞれの地域に今生きている人間が過去の祖先から受け継いできた遺伝子と文化伝統についての差を考えてみたい。このため、遺伝子研究を専門とする2名の研究者と文化の研究を専門とする2名の研究者が講演を行う。日本列島の地域差についての将来像も語ることができれば、さいわいである。
総合司会
 斎藤成也(国立遺伝学研究所)
プログラム
遺伝子と苗字の地域差
斎藤成也(国立遺伝学研究所)
Regional Differences of Genes and Surnames
SAITOU, Naruya
 日本列島の南北に沿った遺伝子頻度の地理的勾配の存在は、以前から指摘されていた。本シンポジウムで山本敏充が紹介するマイクロサテライトDNA多型や膨大なSNPデータの集積が始まっているので、今後は詳細な遺伝的地域差が明らかになるだろう。一方、その伝達様式がY染色体に似る苗字にも地域差があることが知られており、歴史時代における人間の移動を推測するてがかりのひとつとなる。まれな苗字は特定地域に限局された多型 (private polymorphism)と考えることができる。西日本を中心に分布するいくつかの苗字についての地理的分布を紹介し、そこから読み取ることができる人間の移動と拡散について考察する。
琉球のヒト・文化・地域
津波高志(琉球大学法文学部)
 奄美諸島から八重山諸島までの琉球弧の文化やヒトに関する最近の研究は、考古学・歴史学・言語学・文化人類学・形質人類学等の諸分野において戦前のレベルとは比較にならないほどの飛躍的な成果を上げている。それらによりながら、琉球弧の先史時代から今日までのヒト・文化・地域を大まかに捉えることが今回の発表の目的である。現在の文化の研究を主としている関係上、特に、今日の琉球弧における地域差については、文化変容の方向性という観点からいささか詳しく述べることとしたい。
マイクロサテライト多型から見た日本人おける地域差
山本敏充(名古屋大院・医・法医・生命倫理学)
Biogeographical variations with microsatellite polymorphism in the people of Japan
YAMAMOTO, Toshimichi
 我々は、法医学の分野で個人識別などに汎用されている、マイクロサテライトと呼ばれる縦列反復DNA多型を用いて、市販のキットによる常染色体上の15ローカス、連鎖解析用のセットによる常染色体上の105ローカス、Y染色体上の15ローカスについて、秋田、名古屋、大分、沖縄で採取されたDNA試料を型判定し、アレル頻度を算出した。また、105ローカスについては、中国・タイ・ミャンマーのヒト集団についても解析した。これらのデータを、日本近隣の東・東南アジアを中心としたヒト集団における公表データを含めて統計遺伝学的に比較解析した結果を考察する。なお、105ローカスについては、長崎における試料も含めて考察する。
物質文化から見た北東北
川田順造(神奈川大学)
Northern North-East Japan from the viewpoint of material culture
KAWADA, Junzo
 「北東北」という語で、県では主に青森、秋田、岩手、山形を指す。生態系では、佐々木高明のナラ林帯にほぼ 対応する。物質文化のうち、背負い梯子に注目する。背負い梯子は日本列島に広く用いられてきたが、従来形態上 西南日本の有爪型と東北日本の無爪型に大別されてきた。川田は身体技法への関心から、形態にではなく、荷重を 支える身体部位に注目し、多くの資料の実測を行った結果、北東北では西南のものに比べて重心が高く、背中の上 部か肩で荷重を支える構造であろうと考える。アイヌと南西諸島では前頭帯で背負うが、これも荷の重心の高い運 搬法である。身体技法や他のいくつかの文化要素とともに、北東北の特徴について考察する。
S4 形態の淘汰を考える
オーガナイザー 徳永勝士(東京大学・大学院医学系研究科)
        溝口優司(国立科学博物館・人類研究部)
日時:11月4日(土)9:00〜11:00
会場:B会場 (教育研究棟C102)
開催趣旨
 ヒトの進化を理解するうえで、形態進化を研究することの重要性はいうまでもない。これまでにさまざまな形態 的特徴が適応的形質として論じられてきた。一方、ヒトゲノム研究が急速に進展し、形態形成やvisible traitに 関わる遺伝子の同定や、ゲノム全域から自然淘汰の働いた遺伝子をスクリーニングする作業も進みつつある。本シ ンポジウムでは、形態学、遺伝学両者の立場から、形態的特徴の自然淘汰について現在何がいえるのか議論し、今 後の展望を得たい。
総合司会
 徳永勝士(東京大学・大学院医学系研究科)
プログラム
形態と有意な生態学的相関を示した31個の生化・生理学的形質遺伝子
溝口優司(科博・人類)
Thirty-one genes for biochemical/physiological characters having significant ecological correlations with morphological characters
MIZOGUCHI, Yuji
 形態学的形質の遺伝的背景を知る上において、ゲノム機能情報解析やノン・コーディングRNA分析などに期待 するところは非常に大きい。しかし、遺伝子の出現・定着の理由は、この類の研究のみでは解明されえない。やは り、遺伝子が支配する形質と様々な古環境因子との間の相互関係を明らかにしなければならないだろう。  古環境因子のデータはまだ極めて乏しいので、本分析では試行的に、現代人のデータのみに基づいて、その地理 的変異パターンにおける類似性を検討した。結果、例えば、頭長幅示数はフォスフォグルコムターゼ1の遺伝子頻 度や年平均気温・年間降水量と有意な逆相関を示すなど、非常に興味深い事実が明らかにされた。
耳垢遺伝子の発見とそれに生じた自然淘汰の可能性
○石橋みなか*、吉浦孝一郎**、新川詔夫**、高橋 文*、斎藤成也*
*総合研究大学院大学生命科学研究科遺伝学専攻/国立遺伝学研究所
**長崎大学医学部人類遺伝学教室
Discovery of earwax gene and possibility of its selection
ISHIBASHI, Minaka, YOSHIURA, Koichiro, NIIKAWA, Norio, TAKAHASHI, Aya, SAITOU, Naruya
 耳垢には乾型と湿型が存在する。2つの表現型は単一遺伝子によるメンデル遺伝で決定する。原因遺伝子は不明 だったが、連鎖解析の結果からABCC11遺伝子における一塩基多型rs17822931により乾型が生じた事がわかった (Yoshiura et al., 2006)。乾型は東アジアのヒト集団において高頻度で観察される。自然淘汰の乾型増加への影 響を検討するために、rs17822931近傍の塩基配列を決定した。近傍領域はSNP密度の極めて低い領域であった。こ れはrs17822931が生じる以前にselective sweepが生じた可能性を示唆する。耳垢表現型が自然淘汰を受けた可能 性について議論したい。
ヒト皮膚色の多様性に関与する遺伝子と自然淘汰
中山一大(自治医科大学地域医療学センター人類遺伝学部門)
Natural selection on the genes controlling human skin color variation
NAKAYAMA, Kazuhiro
 皮膚色はヒトの形態表現型の中でも最も顕著な多様性を示すものの1つである。ヒト皮膚色は紫外線強度などの 環境因子が関連する自然淘汰の下で進化してきた形質であり、その多様性は複数の遺伝子座によって支配されてい ることが繰り返し主張されてきた。モデル生物を用いた遺伝学的・細胞生物学的研究の発展とヒトゲノム情報の解 析技術の向上の結果、個人の皮膚色と相関を示す遺伝子多型が次々と発見され、さらに幾つかの遺伝子座について は、民族ないしは地域特異的な自然淘汰が作用した証拠が得られている。今回は、ヒト皮膚色進化の遺伝的背景に ついての最新の知見を、我々の研究成果を含めて紹介する。
エナメル質の厚さはどのように決まるのか?
河野礼子(科博・人類)
What do we know about the mechanisms of enamel thickness control?
KONO, R.T.
大臼歯エナメル質の厚さは人類進化研究において重要な形質の一つとしてしばしば言及されてきたが、進化過程 における変遷の様相そのものについての正確な記述が可能となってきたのは比較的最近のことである。一方そうし た進化的変化がどのような機構・要因によってもたらされ得るのかについては、現時点ではまだ理解の端緒につい たばかりと言えよう。本発表では、現在までに明らかとなってきた類人猿・人類の化石種・現生種におけるエナメ ル質厚さの特徴について概観し、分子発生学、組織学、機能形態学、集団遺伝学、生態学など、多様な視点から、 人類進化におけるエナメル質厚さの適応進化についてどのようなことが言えるのか、考察を試みる。
集団特異的表現型を担う遺伝子のゲノムワイド探索
○木村亮介・藤本明洋・大橋 順・徳永勝士(東京大・医・人類遺伝)
Genome-wide scan for genes involved in population-specific phenotypes
KIMURA, R., FUJIMOTO, A., OHASHI, J., TOKUNAGA, K.
 人類集団間にみられる生得的形態形質の分化は、移住により集団が分岐し、環境や文化が多様化した結果の産物 であり、遺伝子の分化によってもたらされる。近年の遺伝子多型解析技術の向上によって、我々は集団間で高度に 分化した遺伝子領域をゲノムワイドに探索することが可能となった。更に、このような遺伝子領域における連鎖不 平衡の強さを調べることによって、遺伝子の分化速度や自然選択の関与までも推測することが出来る。今後、集団 遺伝学的手法で浮かび上がってきた遺伝子多型と表現型とを関連づけるために、実験による検証が必要である。現 生人類の遺伝情報から、化石からでは難しい共通祖先における軟組織の復元が可能となる日も近い。
S5 人類社会と社会性の進化
オーガナイザー 小田 亮(名古屋工業大学大学院工学研究科)
        井原泰雄(東京大学大学院理学系研究科)
日時:11月4日(土)9:00〜11:00
会場:C会場(教育研究棟B101)
開催趣旨
 伝統的な社会心理学や文化心理学の考え方は、人間の心が社会によって構成されるというものであった。しかし、 最近では心の働き、つまり行動が社会に影響を与え、その社会が心のあり方を規定する、というように、心と社会 は相互に影響しあいながら変化していく、という概念が一般的になりつつある。この考え方は、進化という長い時 間軸においてもあてはまるのではないだろうか。つまり、人類の社会と、そこにおける心の働き、あるいは社会性 といったものは、相互に影響しあいながらダイナミックに進化してきたのではないかということが考えられる。
 本シンポジウムでは、このような人類社会のあり方と社会性の相互作用に焦点をあて、系統と適応の両方向から 社会性の進化を探ることを目的とする。また理論生物学、認知考古学、霊長類学といった様々な分野で活躍する研 究者の方々に演者をお願いし、学際的な観点からの議論を行うことで、ヒトについての総合科学である自然人類学 をより活性化することも目指している。
総合司会
 小田 亮 (名古屋工業大学大学院工学研究科)
プログラム
雄による子の世話と配偶システムの進化
井原泰雄(東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻)
Paternal care and evolution of mating systems
IHARA, Y.
 動物の社会は、それを構成する各個体の行動および個体間の関係に応じて様々な構造をもちうる。なかでも、雄 と雌の関係は動物社会の構造を規定する重要な要素である。そこで、人類社会の構造に影響を与えてきたであろう 要素として、ヒトの配偶システムの進化に注目する。ヒトは、その婚姻形態に文化的多様性をもつものの、概ねつ がいを作る傾向のある動物だと言えるだろう。ヒトのこの性質は進化の過程でいかにして獲得されたのか。本講演 では、雄による子の世話が子の生存に与える影響に注目し、まず、ヒト以外の動物を対象に発展してきた配偶シス テムの進化理論を概観する。次に、これに基づいてヒトの配偶システムの進化について考察する。
種間比較からみた初期人類の社会進化
松本晶子(沖縄大学人文学部)
Comparative view of the evolution of early hominid society
MATSUMOTO-ODA, A.
 初期人類がどのような社会をもっていたのかについては、物質的な証拠が残らないので推測に頼るしかない。初 期人類の集団はどれくらいの大きさで、どのような構成だったのだろうか。本発表では、ヒトに系統的に近い種で あるチンパンジーと、系統的には遠いが初期人類と同じくサバンナに適応し、通年繁殖をするヒヒに着目し、それ ぞれの環境要因がどのように集団の大きさや構成の違いに影響しているのか考察する。またそれらの結果から、初 期人類の社会について系統比較の観点からどのようなことがいえるのか検討する。
人工物のエラボレーションと社会進化−進化考古学の新しい試み−
松木武彦(岡山大学大学院社会文化科学研究科)
Elaboration of artefacts, evolution of society: a new attempt of Darwinian archaeology
MATSUGI, T.
 人工物の進化は、ディヴェロップメント(機能的発達)とエラボレーション(認知的誘引性付加)という2つの 道筋からとらえることができる。後者は、社会的コミュニケーションにおけるシグナリング行為としてエレクトゥ スの段階に顕在化し、シンボル操作能力の進化や社会関係の拡大・複雑化と双方向的に作用しながら、サピエンス 段階で飛躍的に発展した。人工物のエラボレーションの認知的基盤と発生原理を分析することによって、その極致 といえる威信財や記念物が重要な役割を果たす複合化社会形成のメカニズムを、これまでの社会進化論や史的唯物 論がなしえなかった方向で解き明かすことができる。
社会学習の意義と進化
青木健一(東京大学大学院理学系研究科)
Significance and evolution of social learning
AOKI, K.
 Social learning is of interest to anthropologists because it is the process that supports cultural inheritance. Recent reviews of the factors contributing to the emergence of social learning emphasize the role played by a changing environment. I present two theoretical models, which show that individual learning, social learning, and innate determination of behavior are favored by natural selection when environmental changes occur at short, intermediate, and long generation intervals, respectively. A third model investigates the effect of overlap between the environmental states before and after a change. There is a robust advantage to the joint individual-social-learning strategy when the states do not overlap.
S6 人類史から人類学の将来像を展望する
オーガナイザー 馬場 悠男(国立科学博物館)
        多賀谷 昭(長野県看護大学)
日時:11月4日(土)14:00〜16:30
会場:B会場(教育研究棟C102)
開催趣旨
 様々な民族集団への興味あるいは人間自身の由来に対する疑問から始まった人類学は、問題意識と研究方法の発 展に伴って、自然人類学、民族学(文化人類学)、霊長類学、考古学、民俗学などに専門分化してきた。しかし、 人類の存在自体の本質を理解するためには、人類史的な長い照準と人類誌的な広い観点から人類学諸分野を展望し て、総合的な人類学を構築する必要があるだろう。十数年前に、戦前の APE の会(Anthropology, Prehistory, Ethnology)を復活させる、あるいは Primatology と Linguistics を加えた APPLE の会にしようという動きがあ った。本シンポジウムは、それらの動きの延長線上に位置づけられ、特に、ここでテーマとする「人類史」という 認識は、APEの会の復活に関与された佐原眞さんの問題意識でもあった。今回のシンポジウムでは、まず各分野の 立脚点と問題意識を提示し、今後の総合的人類学の発展の方向性を探っていきたい。なお、本シンポジウムは昨年 に創立された「人類学関連学会協議会」(日本人類学会、日本文化人類学会、日本霊長類学会、日本民俗学会、日 本生理人類学会)の活動の一環でもある。
総合司会
 馬場悠男(国立科学博物館)
プログラム
サルを見て人間本性を探る?
五百部 裕(椙山女学園大学・人間関係学部)
Can we investigate humanity by primatology ?
IHOBE, H.
 ヒト以外の霊長類を研究対象とした「霊長類学」の大きな問題意識の一つは、「サルを見て人間本性を探る」と いうことであった。そしてこうした問題意識から、これまで50年以上にわたって、さまざまな種、さまざまな調 査地、さまざまなテーマで、「サル」の野外研究が進められてきた。しかし、こうした研究によって私たちは「人 間本性」に迫ることができたのだろうか?今回の発表ではこの疑問を出発点として、私自身の研究テーマである「狩 猟・肉食行動」の話題を中心に、「サル」と「ヒト」を比較することの問題点や可能性について改めて考えてみた い。
人類史研究の新たなスタートライン
海部陽介(科博・人類)
A new starting line for human history researches
KAIFU, Y.
 近年における進化医学や進化心理学の成功例が示すように、人類史的視点から、人間の諸側面の成立過程を探求 する意義は大きい。人類学諸分野がそれぞれの研究成果を蓄積してきた現在、人類学は、総合的な人類史復元とい う一大目標に着手する体制を整えつつあるように思える。ここでは、そのような総合人類学的研究の意義、および 国内における現状と課題について、主に生物人類学の視点から演者の考えを述べる。例えば現生人類のアフリカ起 源の解明は、“人種”概念の議論に大きな影響を与えるだろう。一方で人類学諸分野の協調を困難にしている不運 な背景もいくつかあるようだが、課題を意識することによってそれらは解決できるはずである。
環境史と人類史の架橋の可能性を探る
小野 昭(首都大学東京)
Contribution to the bridging possibility between environmental history and human history
ONO, A., Tokyo Metropolitan University
 環境史と人類史の関係の基礎問題を整理することで、先史考古学の視点から一つの論点を提起したい。具体的に は、1)「自然史と人類史」という二項対比的な問題の立て方は、「全体」−「人類」=自然、という等式の把握に 基づいており、21世紀の学問的枠組みとしては多項系への移行を探る必用がある、2)環境と人類の関係を、「相 関論」だけで考える傾向がついよいが、相関即因果であるとすると、環境・人類関係の議論は目的論におちいる危 険性がある、3)「総合的な人類学」を構想する際には、環境系との関係を視野に入れた学問体系を構想する必用 があることについて話題提供する。
人類文化の一様性と多様性をめぐって
川田順造(日本文化人類学会)
On the universals and the diversities of the human culture
KAWADA, Junzo
 単一起源と見なされているヒトは、文化によって多様な自然環境に適応し、さらに多様な文化を生んだ。「文化」 を本能も含めたヒトの営みの総体とすると、他の生物から区別されうるヒトの文化の一様性は、1)直立二足歩行、 2)運搬具の使用、3)二重分節言語の使用、4)性交と摂食の対象としての同類と異類の区別の多様性、5)性 交・分娩・排便の文化によって好まれる体位の多様性など、多様であることが一様性にもつながる。自然史の中で ヒトを認識することが求められている現在、ヒトの文化の一様性は、自然人類学や霊長類学との協同によって、文 化の多様性のきめ細かな探究は民俗学との協同によって、明らかにされる面が大きい。
人・魚交渉史から見た日本文化−鰻と鮭を事例にして−
佐野賢治(神奈川大学・日本常民文化研究所・民俗学)
Eel and Salmon:a Japanese Folk-culture fromaViewpoint of Relations with Man and Fish
SANO, K.
  柳田國男は日本人の民族性(エトノス)を、稲作−祖先崇拝−家、の三位一体の連関性の中で捉えようとした。 柳田の日本民族形成論ともいえる『海上の道』(1961)は稲の道ともいえるが、稲の伝播の本流とはなりえな かった。一方、鰻はまさに黒潮の魚類であり、その生態的不可思議さが幾多の民俗を醸成してきた。鰻食物禁忌が 仏教の虚空蔵菩薩信仰に結合する過程を中心に、親潮の魚、鮭の初鮭儀礼などにも言及しながら、日本の民俗文化 の斉一性に果たした修験道の役割を一考してみたい。
S7 中世人と中世墓、その実像に迫る
    −九州・山口、由比ヶ浜南の墓葬と人骨の物語−
オーガナイザー 松下孝幸(土井ヶ浜遺跡・人類学ミュージアム)
日時:11月4日(土)14:00〜16:30
会場:C会場 (教育研究棟B101)
開催趣旨
 中世人の形質については、鎌倉市材木座出土人骨の調査研究をおこなった鈴木尚によってその特異的な特徴が明 らかにされ、次いで熊本県城南町の尾窪墳墓群から出土した中世人骨の研究をおこなった内藤芳篤が、尾窪中世人 にも鎌倉材木座中世人と同じような特徴が認められることを指摘し、長頭性、鼻根部の扁平性、歯槽性突顎という 特異な特徴は、関東地方の中世人の地域的な特徴ではなく、汎日本的な時代的特徴であることが明らかになった。 その後、山口県下関市吉母浜遺跡からも中世人骨が出土し、中世人の容貌はほぼ確定した。また、松下は1995 年から97年まで鎌倉市由比ヶ浜南遺跡の集積埋葬の調査に携わることができ、その形質的特徴を明らかにした (2002)。
 2001年(平成13年)から2005年(17年)の5年間に旧豊北町では国営農地整備事業に伴って、54 遺跡の発掘調査をおこなった。その中のひとつ、土井ヶ浜南遺跡群の寺ヶ浴遺跡から、白磁碗1個と鉄刀1振りを 伴った身長約170cmの大柄な男性人骨が出土し、従来の中世人のイメージとは異なる人骨が認められ、豊富な副 葬品をもつ中世墓も検出された。このように貿易陶磁器や鉄刀を副葬された中世墓が九州・四国からも検出されて おり、埋葬遺構と副葬品の種類や性格は被葬者の社会的地位を示唆している可能性がある。  今回、数千体の中世人骨を出土した由比ヶ浜南遺跡の埋葬や西日本の中世墓の様相と中世人の形質を紹介をする とともに、中世人的特徴の発生機序および埋葬施設や副葬品と被葬者との関わりを明らかにするための研究の方向 性を探るべく、シンポジウムを企画した。また、同時に現代人の容貌・体格の激変を中世人と対比させることによ って、その危険性を回避するための方策を模索してみたい。
総合司会
 松下孝幸(土井ヶ浜遺跡・人類学ミュージアム)
プログラム
中世人の形質的特徴−中世人的顔かたち−
松下孝幸(土井ヶ浜遺跡・人類学ミュージアム)
The medieval people in Japan
MATSUSHITA, T.
 中世墓は全国各地から出土しているが、保存状態の良好な人骨を出土した中世墓の数は少ない。鎌倉では保存良 好な中世人骨が大量に出土している。今回は3860体以上の中世人骨を出土した由比ヶ浜南遺跡のうち、集積埋 葬から出土した人骨を中心にして、中世人の一般的特徴を紹介する。あわせて西日本で出土した中世人骨と墓葬の 特徴から、集積埋葬跡から出土した集団とは異なる人々が存在し、多様性が認められること、中世的特徴は地域に よってはすでに古墳時代後期に認められること、現代人骨と中世人骨とを対比してみるとそこから何がみえてくる か、を述べてみたい。
中世人の歯は丈夫だった?
○小山田常一・真鍋義孝・北川賀一(長崎大院・医歯薬・顎顔面解剖)、加藤克知(長崎大院・医歯薬・理学療法)、 六反田 篤(長崎大院・医歯薬・顎顔面解剖)
Did the medieval Japanese have good dental health ?
OYAMADA, J., MANABE, Y., KITAGAWA, Y., KATO, K., ROKUTANDA, A.
 鎌倉市の中世遺跡からは大量の人骨が出土しており、合戦等と関わりがあるのではないかと考えられている。先 人の研究により、彼らの生前喪失歯率が低いことが明らかになっている。合戦等と関わりがあるとすれば、若い個 体が多いために、生前喪失歯率が低くなっているとも考えられる。そこで本研究では鎌倉市の由比ヶ浜南遺跡から 発掘された中世人の生前喪失歯率について研究を行った。その結果、由比ヶ浜中世人の生前喪失歯率は若年者だけ でなく、高齢者でも低いことが明らかになった。また千葉県の中世人と比較しても有意に低く、由比ヶ浜中世人の 生前喪失歯率が低いという特徴は、中世人一般に共通するものではないことも明らかになった。
鎌倉市由比ヶ浜南遺跡の埋葬遺構
斎木秀雄(鎌倉考古学研究所)
The medieval burial site in Kamakura
SAIKI, H.
 鎌倉市由比ヶ浜南遺跡の発掘調査は1995年3月から1997年6月にかけて実施された。方形竪穴建築址 (地下式の倉)、井戸、溝、土塁に囲まれた礎石建物などの生活空間とそれに前後して造られた多数の埋葬遺構が確 認されている。埋葬遺構は大まかには次の3形態に分かれる。集積埋葬−大きな坑に遺体を乱雑に投げ込んで埋葬 した遺構。動物骨も含まれている。単体埋葬−人間1体を1つの坑に埋葬している。火葬骨埋葬−火葬した骨の一 部を小さな坑に埋葬している。由比ヶ浜南遺跡で確認された埋葬遺構は、中世の都市における遺体処理の状況を明 確にできる良好な例といえる。中世都市における遺体の処理や埋葬について紹介する。
九州における中世前期の墓制−熊本県の事例をもとに−
美濃口雅朗(熊本市教育委員会)
The burial of the early medieval period in Kyushu
MINOGUCHI, M.
 発掘調査によって検出される中世墓の事例は膨大である。しかし、実際に遺体が残存するものは少なく、それ 以外の諸要素によって墳墓との認定を行なうことになる。形状、埋没状況、出土品、立地状況などである。これら の特徴から中世墓の様式(時代性、地域性)を導き出す。さらに、この様式を投影するに至った事象、すなわち墳 墓の造営・葬送に関わった人々の階層性、葬送儀礼の形態、社会の動態などについて検討していく。報告者のフィ ールドである熊本県における中世前期の墳墓を扱うこととする。
S8 小・中・高校における人類学教育
オーガナイザー 松村秋芳(防衛医科大学校・生物学教室)
        馬場悠男(国立科学博物館・人類研究部)
日時:11月5日(日)9:00〜11:30
会場:B会場 (教育研究棟C102)
開催趣旨
 自然人類学の分野では、地球上における40億年におよぶ生物進化の過程をふまえ、その中で起こった人類進化 史という過去のできごとや、私たちの体のメカニズムの進化適応などについて探究がなされてきた。その成果は、 現代そして未来を測る物差しとして極めて有用と思われる。専門的な調査研究から得られた知見は、人類学だけで なく関係学問分野の発展に寄与し、さらにサイエンスの教育普及に貢献するものと期待できる。
 自然人類学が発展していくためには、個々の研究者の研究面における努力はもちろん重要であるが、それと併行 してこの分野の成果が広く一般社会から認知されるための努力も必要と考えられる。そのためには、人類学に関連 した基礎知識の成果を一般の人々が理解できるようなかたちで広めることが有効であろう。その場として、小・中・ 高校の教育は重要である。この初等中等教育の時期には、理科・生物と社会科・地理歴史の授業で人類学関係のこと がらに触れる。これらの時間は、子供たちに「人類学はおもしろい」という認識を与えるチャンスである。やがて おとなになる子供たちに人類学に対する興味関心を高め、正しい知識をわかりやすく提供することは、人類学の社 会的認知を拡げるばかりでなく、将来人類学研究者や博物館学芸員、教師になりたいという希望を持つ子供たちを 増やすことにつながるものと思われる。さらに一般市民や将来各界のリーダーとなる人々が人類学的素養を持つこ とは、人類の未来にとって大きな意味を持つことになるであろう。
 一方、人類学研究者は一般的に、最近の小・中・高校生が生物進化学などの人類学の基礎に関連した学習をどの 程度行っているのか、彼らが社会に出たあとで人類学分野の新たな知識を素養として受け入れるだけの基礎をどの くらい持ちうるのかという問題について考える機会や情報が少ない。これは一般の研究者や学会が初等中等教育の 現場に研究成果等を発信できるチャンスが少ないということと無関係ではないであろう。そのなかにあって、現行 の学習指導要領では、人類進化学を含む生物進化学を扱った分野が中学校理科から削除されており、高校では一部 の生徒しか履修しない生物の指導内容の選択項目に位置づけられている。現実には、自然人類学および進化学に ついて子供たちが学ぶ機会がほとんどないと言ってもよい様な状態となっている。最近は、施行前から理科離れを 促進するなどの指摘がなされ批判が多かった現行の学習指導要領の改訂時期をひかえ、様々な検討が行われている。 それらの結果を参考にして、平成19年度末までには新しい学習指導要領が公表される予定となっている。
 今回のシンポジウムの目的は、子供たちが学校で人類学の基礎に関連した事柄をどの程度どのように学習してい るのか、学習指導要領や教科書では人類学をどのように扱っているのか、講演を通して最新の情報を得る機会をつ くることである。これらを手がかりにして、自然人類学分野の基礎的素養を育成するために適した学習環境をどの ように整備すべきかについて考えてみたい。初等中等教育の現状に詳しい先生方を交え、活発な議論が展開される とともに、自然人類学の指導改善の具体的な方策を検討する第一歩となることを期待したい。
総合司会
 松村秋芳(防衛医科大学校・生物学教室)
プログラム
人類学教育の普及:シンポジウムを始めるに当たって
馬場悠男(科博・人類)
Promoting knowledge of anthropology in basic education
BABA, H., National Science Museum, Tokyo
 私たち人類学研究者は研究の成果としての人類学の知識や理解を社会に還元する義務がある。しかし、私たちは そのための努力を充分に行ってきたとは言いがたい。特に、最も基本である小・中・高校の教育現場における人類 学教育についてほとんど理解していなかった。そこで、今回、現場の状況に詳しく経験のある方々にお越し願って、 現状をお教えいただき、今後、私たちが努力するべき方向の指針とさせて頂きたい。人類学研究の成果が小・中・ 高校の教育課程で適切に教えられることは、最終的には人類学研究の発展にもつながることであろう。
小中学校における人類学教育
荒井正春(山梨県西浜中学校)
Education of physical anthropology in elementary and junior high schools
ARAI, M., Nishihama Junior High School, Yamanashi Prefecture
 義務教育課程におけるヒト(人類)に関する学習は、「人類学」としての単元がないため、まとまった体系的な 学習は行われていない。例えば、中学校理科第2分野は7単元で「植物」「大地」「動物」「気象」「細胞と生殖」「天 体」「環境」からなる。この中でヒトについて分断的に学ぶしかない。ヒトについて「どこで」「何を」「どのよう に」教えるのかが実践的な課題である。近年、人類学に関する情報は以前よりも豊かになっている。テレビ番組や 出版物も多く、さらにコンピュータソフト、標本なども手に入りやすくなった。それらを活用してダイナミックに 楽しくヒトの進化について教えたい。子どもたちは自分のことについて関心を持って学ぼうとしている。
高校教科書から探る進化生物学と人類学教育
松村秋芳(防衛医大・生物)
Evolutionary biology and anthropology education in high school textbooks
MATSUMURA, A., National Defense Medical College, Tokorozawa
 高校の教科書、生物I、II各7社、世界史2社、日本史1社について自然人類学関連の記述を検討した。自然人 類学関連分野の記述は、生物と地理歴史の各科目に分断されている。生物では自然人類学分野の中核をなす記述が、 生物の「生物の分類と進化」の章の一部(平均3〜4ページ)にある。これらの人類学に関する記述を繋げるよ うな解説が追加され、それを生かした授業が行われることで、複合領域としての人類学が認識され、この分野への 興味と理解を増幅できる可能性がある。学習指導要領では、生物において、「生物の分類と進化」あるいは「生 物の集団」(生態学)の章のいずれかを選択するよう定めている。この選択制は、多くの高校生からヒトを含む生 物の進化について学習する機会を奪っている。高校教科書の内容は、今後に課題を残している。
初等中等教育における人類学教育の現状
藤枝秀樹(香川県教育センター)
The present situation of the anthropology education in elementary schools, junior high schools, and high schools
FUJIEDA, H., Kagawa Prefectural Education Center, Takamatsu
 初等中等教育の理科では全般的に、自然人類学に関連した学習に割り当てられる時間は少ない。ヒトに関連した 内容についてどのような授業を行うかについては、基本的に学習指導要領によって示されているが、個々の教員に よる工夫の余地も残されている。今回は、小学校、中学校、高等学校における人類学教育の現状について、主に香 川県で扱われている実際の例を紹介する。どのような内容が扱われているか、旧教育課程と比較して、現教育課程 ではどのような変化が見られるか、社会科及び地理歴史科とのつながりはあるか、教員の意識はどうかなどの視点 から報告する。
学習指導要領と生物教育の課題
鳩貝太郎(国立教育政策研究所・教育課程研究センター)
Issues of Biological Education in the Course of Study
HATOGAI, T., National Institute for Educational Policy Research, Tokyo
 わが国の小・中・高校の教育課程の基準は学習指導要領に定められている。現行の学習指導要領は、小・中学校 は2002年4月から実施され、高校は2003年度入学生から学年進行で実施されている。中学校生物分野では 遺伝の法則や生物の進化が扱われていない。高校で科目選択制のため、生物氓選択しない生徒は遺伝や進化の内 容をほとんど指導されずに卒業することになる。また、現代の生物科学の内容や日常生活と関わる内容などの指導 も不十分な状況にある。一方、小・中学校には生物分野を得意とする教員が少なく野外観察や実験の指導が不十分 な状況である。高校の生物担当教員でも観察、実験の指導力不足を感じている者が少なくない。人類学分野の教育 も、当然のことながらこれら諸課題の影響を受けている。
S9 アジア・オセアニアの先住民
    −遺伝的起源から人権まで−
オーガナイザー 尾本恵市(総合研究大学院大学・葉山高等研究センター)
日時:11月5日(日)9:00〜11:30
会場:C会場 (教育研究棟B101)
開催趣旨
 地球上には、現在なお、ごく少数ではあるが、狩猟採集民およびその末裔の人々がいて、程度の差こそあれ伝統 的文化を守っている。彼・彼女らは、疑いもなく農耕民に対する先住民で、ある意味では、ヒトの原点である狩猟 採集生活の「生き証人」と考えられる。
 このシンポジウムでは、日本のアイヌ、フィリッピンのネグリト、およびオーストラリアのアボリジニをとりあ げ、遺伝学的証拠によって先住性を確認したのち、現在これらの集団が置かれた状況を人権の見地から検討する。 むろん、これは短い時間で結論の出る問題ではないが、現代人を対象とする人類学が遺伝学から人権問題までを包 括するような新たな学際的研究を開始すべきであるとのわれわれのメッセージとしてご理解いただきたい。
総合司会
 尾本恵市(総合研究大学院大学・葉山高等研究センター)
プログラム
9:00〜9:10
趣旨説明
尾本恵市(総研大・葉山高等研究センター)
9:10〜9:30
DNAからみるアジアの先住民の起源
○尾本恵市(総研大・葉山高等研究センター)、平井百樹(東京女子医大)、数藤由美子(日赤・中央血液研)
The origins of the Asian indigenous peoples as viewed from DNA
OMOTO, Keiichi, HIRAI, Momoki, SUITO, Yumiko
 演者らは、1960年代後半より1980年代にかけて、北海道のアイヌおよびフィリッピンのネグリト(ル ソン島のアエタおよびミンダナオ島のママヌワ等)に関する集団遺伝学的研究を実施した。その際えられた血液試 料からは、後にDNAが分離され、一連の分子人類学的研究が行われた。これらの集団は、東アジアの先住・採集狩 猟民の末裔と考えられているが、従来の形態学的ならびに文化的特徴の研究ではその先住性を証明することはでき ない。この発表でわれわれは、上述の分子人類学的研究の成果を概観し、世界の民族集団の中でのアイヌおよびネ グリト諸集団の遺伝的・系統的位置づけを試み、先住性の問題に答えたい。
9:30〜9:50
先住民族の定義とアイヌ民族
多原香里(フランス国立社会科学高等研究院)
Definition of the Indigenous Peoples and the Ainu people
TAHARA, K.
 世界各国の先住民族は、その人口が3億人とも6億人ともされている。国内レベルでは、97年の札幌地裁が下 したいわゆる「二風谷ダム裁判」判決に先住民族の定義が示され、それにアイヌ民族が該当するとされた。しかし ながら、いまだに日本政府は、「先住民族の定義」が存在しないことを理由に、長くアイヌ民族の先住民族として の法的地位確立を保留している。先住民族の定義は、近代国家成立時における被支配民族であること、その民族の 帰属意識や歴史的背景等に裏付けられ、国際法として確立している。アイヌ民族の現状について、アイヌ民族の人 権尊重に欠かせない先住民族としての承認という視点から考察してみたい。
9:50〜10:10
オーストラリア先住民運動の現在
友永雄吾(総研大・文化科学研究科地域文化学専攻)
Movement of Australian Indigenous People at Present
TOMONAGA, Y.
 オーストラリア先住民運動は、オーストラリア市民としての権利要求から先住民としての権利要求へと大きく展 開してきた。「市民権」、「自決権」、「土地権」、「先住民権原」、「黒い喪章の歴史(過去に犯した負の歴史)」やそれ に対する「謝罪・補償」に基づく「和解」などは、運動を推進する国家的議題である。一方で、日常における平均 寿命の極端な低さ、拘留率の高さ、アルコールへの高依存率、女性・子どもに対する虐待の高さが顕在化する傾向 にある。本発表では、オーストラリア南東部アボリジナル集団に焦点を当て、彼・彼女らの諸種の権利要求運動と 個々人の日常生活が今日直面する現状、さらにはその課題について検討する。
10:10〜10:30
The Aetas of the Philippines at Present
〇Francisco A. DATAR (Univ. Philippines) and Wyda M. COSME
 The Aetas of western central Luzon, the Philippines, are regarded as one of the first peoples to inhabit the Philippine Islands. They have been keeping certain aspects of the traditional culture of hunter-gatherers, although it seems now to be difficult to do so, particularly after the massive volcanic eruption of Mt. Pinatubo in 1991. Here, we show some of the problems the Aeta people now are facing, and discuss about the issues of human-rights of indigenous peoples in the Philippines.
10:30〜11:00
討論とまとめ
S10 日本人の変遷:
     更新世から縄文・弥生時代まで
オーガナイザー 溝口優司(国立科学博物館・人類研究部)
日時:11月5日(日)13:00〜15:30
会場:B会場 (教育研究棟C102)
開催趣旨
 日本人の起源、形成過程、時代的変化の原因などに関する自然人類学的研究は、E.v.ベルツ(1883−18 85)の著作出版から数えても100年以上の歴史をもつ。この間になされた古人骨標本ならびにその計測・観察 データの蓄積、コンピュータの発達、遺伝学・分子生物学・統計学などにおける様々な方法の開発・発展によって、 日本人の起源やアジア諸地域住民との類縁関係が、少しずつ明らかになってきた。
 しかし、いまだにはっきりとは言えない部分が残っている。特に、縄文時代人の起源、渡来系弥生時代人人口急 増のプロセス、形態学的形質とmtDNAに基づく縄文・弥生・現代人間の推定類縁関係の喰い違いなど、自然人 類学に携わる者にとっては大きな問題がいくつかある。そこで、かねてからこの問題に関わってきた国立科学博物 館人類研究部のスタッフと数名の部外研究者が協力してプロジェクトチームを作り、特に鍵を握ると思われる時代 に的を絞って、2005年度より5カ年計画でこれらの問題を再検討し、新たな日本人形成過程のシナリオ構築を 目指すことにした。
 今年度は2年目で、まだまだ問題解決の報告を行なえる段階ではないが、我々のプロジェクトが実際に扱ってい る課題の現状と試行的な分析結果の報告を行ない、広く多くの方々からの意見を聞いて、調査・分析をさらに精密 なものにしたいと考えている。これが本シンポジウムの開催趣旨である。
総合司会
 溝口優司(国立科学博物館・人類研究部)
プログラム
日本の更新世人骨をどのように理解するか
馬場悠男(科博・人類)
How do we interpret morphology of Japanese Pleistocene hominids
BABA, H., National Science Museum, Tokyo
 日本列島の更新世人骨は、沖縄から出土する1万5000年前より古い人骨(港川人骨など)と、本土および沖 縄から出土する1万5000年前より新しい人骨(浜北人骨など)に分けられる。縄文時代人骨と比べると、前者は 類似の形態特徴を示すが、後者は独自の形態特徴を示す。港川人骨の特徴は、単なる地域変異あるいは島嶼化現象と 見なすよりは、原始的と解釈するべきである。そうすると、仮説スキームとしては、約4万年前に東アジアにやっ てきた新人集団が日本列島に拡散し、その当時の特徴を隔離された沖縄で長く留めていたのが港川人骨であり、約 2万年ほど前から進歩的特徴を持って再び拡散した集団の子孫が浜北人や縄文人であると理解できる。
港川人骨と縄文時代人骨におけるglabella部形態の比較
○佐宗亜衣子(東大・総合研究博物館)、松川慎也(東大・理・人類)、諏訪 元(東大・総合研究博物館)
Morphological comparison of the glabella region of the Minatogawa and Jomon crania
SASO, A., MATSUKAWA, S., SUWA, G.
港川人と縄文人の頭蓋骨は、低顔で低眼窩であるなどの点において類似が指摘されているとともに、いくつかの 相違点が示されている。glabella周辺の形態はその一つである。眉間や眉弓における発達のパターンや程度は、柳 江人、山頂洞人、ワジャク人など、近隣地域の更新世人骨と港川人の比較においても重要な要素として扱われ、議 論の対象となってきた。我々は3次元計測を用いて港川人骨と縄文人骨を比較することにより、従来の手法のみで は困難と考えられる両者のglabella部が持つ固有の特徴を抽出することを試み、より定量的に評価するための予備 的分析を行なった。
ミトコンドリアDNAからみた縄文人の特徴
篠田謙一(科博・人類)
Characteristics of the mitochondrial DNA lineages of the Jomon population
SHINODA, K.
 日本における古人骨由来のDNA分析も宝来が最初の報告を行ってからすでに15年以上の解析の歴史を持っ ている。その間に解析された人骨は縄文時代に限っても数十体を越え、ある程度まとまったデータが存在している。 そこで今回の発表では、本州の縄文人を対象として、これまでに発表されたデータに今回新たに解析したものを合 わせて、その遺伝的な特徴として現状でどのようなことが明らかになっているのかを概観することにした。これま で発表された塩基配列データからハプログループのアサインを行い、現代の日本や周辺の大陸の集団との比較を行 って、その系統関係についての考察をおこなった。
縄文人に遺伝的地域差は存在するのか?
安達 登(山梨大・医・法医)
Is there any geographical difference of the genotype between Jomon populations?
ADACHI, Noboru
 前回大会にて、我々は北海道縄文人にみられたミトコンドリアDNAの遺伝子型の頻度分布が、現代日本人集団を 含む既報のいかなる人類集団とも全く異なる特徴的なものであることを報告した。そこで今回の発表では、東北地 方の縄文人を対象としてミトコンドリアDNAの遺伝的特徴を精査し、北海道縄文人のそれと比較検討することで縄 文人の遺伝的地域差に関する研究に若干の知見を加えようと試みた。東北地方出土人骨については、東北地方縄文 人の直接の子孫である可能性が高い、坂上田村麻呂の東北侵攻以前の人骨についても解析をおこない、縄文人集団 のデータと比較検討した。
北部九州における縄文から弥生への移行問題
○中橋孝博(九州大・大学院・比較社会文化)、飯塚 勝(九州歯科大学)
On the transition from Jomon people to Yayoi people in Northern-Kyushu
NAKAHASHI, T., IIZUKA, M.
弥生文化がいち早く開花した北部九州において、縄文社会から弥生社会への移行はどのような形で、どのような 人々によって実現されたのか、その具体像についてはまだ不明な点が多い。当地では縄文晩期〜弥生早期の人骨資 料が欠落していることに加え、近年、新たに弥生時代の開始時期を500年ほど遡行させるべきだという意見も出 されて、むしろ混迷の度合い深めている感さえある。ここで改めて当地域における様々な問題点(年代、人口変化、 支石墓、抜歯風習など)について整理しなおし、併せて幾つか新たな資料、取り組みについても紹介したい。
頭蓋計測値の地理的変異はどのように変化したか?
溝口優司(科博・人類)
How did geographic variations in cranial measurements change?
MIZOGUCHI, Y.
 弥生時代頃の西日本に少なからぬ数の渡来民またはその子孫が住んでいたことは間違いのない事実と考えられ ているが、では、その渡来系弥生時代人がどのように日本列島内を拡散したのか、という問題に関しては、いまだ にはっきりした答が出ていない。
 本分析では、九州、山陽、関東、東北地方の縄文・古墳両時代人男性の頭蓋計測値8項目のデータを文献調査に よって集め、頭蓋形態変異パターンが変化しているか否かを検討した。2時代の4地方間D2距離行列の間に相関 があるか否かをマンテルの行列順列検定法によって検定した結果、両時代の地理的変異パターンには有意な相関は 認められず、かなり大きな形態的断絶があることが再確認された。
S11 四国縄文時代早期の諸問題
      ―香美市刈谷我野遺跡を中心に―
オーガナイザー 遠部 慎(国立歴史民俗博物館)
日時:11月5日(日)10:30〜15:00
会場:D会場 (教育研究棟B104)
開催趣旨
 近年、西日本では縄文時代草創期・早期に関する研究が盛んである。しかし、草創期・早期は縄文時代の半分以 上を占めているにもかかわらず、長期的な視野にたって研究が行なわれているとは言い難い。だからこそ、考古学 的な画期を設定する必要がある。
 西日本でも、四国は縄文時代前半期の考古資料が決して多いわけではない。しかしながら、近年刈谷我野遺跡の 資料が脚光を浴びている。なぜなら、本遺跡の考古学的な位置づけを決めることが、以下のような重要な意味を持 つからである。
 これまで、四国では未命名の土器群であること、特徴的な石器が数多く出土していること、本格的定住の始まり を告げる遺跡である可能性が高いことなど、本遺跡の意義は、枚挙に暇がない。
 本シンポジウムでは、刈谷我野遺跡の発掘調査とそれに伴い進展してきた各分野の研究発表を行うものであり、 その中で埋蔵文化財とその活用方法と研究領域における新たな課題を抽出し、今後の研究を切り開くことを目的と する。
総合司会
 遠部 慎(国立歴史民俗博物館)
プログラム
10:30〜11:45(基調講演)
香美市刈谷我野(かりやがの)遺跡の発掘調査成果
松本安紀彦(香美市教育委員会)
Results of Excavation about Kariyagano site in Kami city
MATSUMOTO, Akihiko, The Board of Education in Kami city
 高知県香美市刈谷我野遺跡は出土した土器・石器及びAMS14C年代測定等の検討から、日本列島とりわけ中四国 地方における定住初期の状況を明らかにする上で重要な遺跡である。
 本発表では調査から得られた重要な幾つかの項目に着目する。そして、近隣地域の遺跡との比較を通し、遺跡の 持つ性格と意義及び遺跡の現状と課題について報告を行い、遺跡及び文化財の保護と活用について考える。
13:00〜13:30(基調講演)
AMS14C年代測定による縄紋時代草創期・早期の年代研究
小林謙一(国立歴史民俗博物館)
Study on Jomon chronology by AMS radiocarbon dating from the incipient to the initial Jomon period
KOBAYASHI, Kenichi, National Museum of Japanese History
 国立歴史民俗博物館年代測定研究グループが2001年度〜2005年度に収集し処理した縄紋時代草創期、早 期の土器付着物、共伴炭化材・種実の試料、54測定例について、土器型式・出土状況・δ13C値を含む測定結果 を検討した結果、縄紋時代草創期はおおよそ15,500年前からおおよそ11,600年前まで、縄紋時代早期は おおよそ7000年前まで、前期は5470年前までと推定された。東京都御殿山遺跡の測定結果から縄紋土器の 初めである隆線文土器最古期の実年代はおおよそ今から15,500年前に遡り、縄紋時代初期の隆線文土器が、 沖縄を除く日本列島全体に1500年の可能性もある長期のあいだ、連続して存在し展開していたことが確認され た。
13:30〜13:45
日本列島西部における晩氷期の様相―土器研究の立場から―
村上 昇(立命館大学大学院文学研究科博士後期課程)
Aspects of Late Glacial Period in the west area of the Japanese Archipelago : The view from typology and chronology of pottery
MURAKAMI, Noboru, Doctoral Program of History, Graduate School of Letters, Ritsumeikan University
 晩氷期は縄文時代草創期に概ね対応する。温暖化とほぼ同時期に日本列島では旧石器時代が終わり、土器の普 及など人々の生活に様々な変化が見られる。土器の変化にも晩氷期の気候変動の影響は見られるであろうか。列島 西部では、比較的温暖な草創期前半には本州東部・北部と連動しながら隆起線文土器が広がる。後半には広く爪形 文土器が広がるが、以後の時期には不明な点が多い。各地の多様な土器には、帰属時期と併行関係に議論の余地が 残る。草創期後半に急激に爪形文土器が広がる時期は、再度寒冷化する時期と一致する。隆起線文土器の安定した 広がりと爪形文土器への急激な転換への背景には、晩氷期の気候変動がある可能性が考えられる。
13:45〜14:00
北・東部九州における縄文時代早期前半の諸様相
遠部 慎(国立歴史民俗博物館)
Aspects of the first half of earliest stage of the Jomon Period in Northern and Eastern Kyushu
ONBE, Shin, National Museum of Japanese History
 西日本全体に押型文土器の波及が認められるのは、縄文時代早期の中葉である。この押型文土器が展開する以前 は、東部九州では無文ないしは条痕文土器群がみられ、連綿と展開する。これらの土器群については、二日市洞穴 の層位的事例を基に編年が提示されている。しかしながら、本遺跡における年代的検討はほとんど行なわれておら ず、フィッショントラック法による測定のみである。そこで二日市洞穴を中心とした土器付着物や炭化材及び、関 連する試料の土器付着物や炭化材のAMS年代測定を行ない、その検討を行なう。
14:00〜14:15
南九州における縄文時代早期前半の様相
上杉彰紀(関西大学文学部)
Aspects during the Incipient Phase of the Jomon Period in Southern Kyushu
UESUGI, Akinori, Kansai University
 本発表では、縄文時代早期前半の四国との比較の視点から南九州の様相について考察する。南九州では縄文時代 草創期後半の段階から独自色をもった土器が出現し、早期になると、貝殻文円筒形土器と呼ばれる独特の土器系列 が展開する。この貝殻文円筒形土器系列の後半段階において押型文土器が出現するが、単に外部からの移入にとど まらず、貝殻文円筒形土器系列との相互の関係の中で土器が変遷していく状況が認められる。こうした複雑な状況 を土器系列の整理をもとに検討し、押型文土器拡散期の土器変化および社会変化について考える。
14:15〜14:30
準備・休憩
14:30〜15:00
総合シンポジウム