分科会主催シンポジウムアブストラクト

B1 歯根をめぐる人類学
主催 歯の人類学分科会
日時:11月3日(金)15:30〜17:50
会場:C会場 (教育研究棟B101)
開催趣旨
 歯は咀嚼機能を営む歯冠と歯を顎骨に固定する歯根から構成されているが、歯の人類学では歯冠を中心に研究が進められ、歯根の形態や形質に着目した研究は未だ十分な成果を上げているとは言い難い。そこで、歯根と根管の形態がいかに歯科人類学に貢献できるかを議論する場としてこのシンポジウムを企画した。オーガナイザーである金澤と近藤は人類学における歯根研究の意義と背景について概説する。Peiris氏と北林氏には歯根と根管の形態、さらに根管と歯冠の関係についての所見を報告していただき、真鍋氏には歯根形質の人類学的応用について話題を提供していただく予定である。本シンポジウムが歯根形質をみなおす機会になればと考えている。
総合司会
 近藤信太郎(愛知学院大学・歯学部・解剖学第二講座)
プログラム
歯根と人類学
金澤英作(日本大学・松戸歯学部・解剖人類形態学講座)
Tooth Root and Its Anthropological Aspects
KANAZAWA, Eisaku, Department of Anatomy and Physical Anthropology, Nihon University School of Dentistry at Matsudo, Chiba
 これまで日本人を含むアジア人はヨーロッパ白人と比べると歯根が短いと言われてきた。両人種を治療した臨床の歯科医が印象としてその差を語ることもその事実を裏付けするものであろう。しかし、それではどうしてアジア人の歯根が短いのかということになると、なかなか良い説明ができない。まず、歯を植えている上顎と下顎の歯槽骨の形態に違いがあるはずであるがそれに関する具体的なデータが無い。歯根が短いことが咀嚼力にどう影響するかといった機能的なこともよく研究されていない。また、歯根内部の根管の形態は臨床歯科学ではきわめて重要であるが、その形態の人種差についてはまだよく知られていないことが多い。医療が国際化する中でそのような知識は重要性を増してくるものと思われる。
歯根の比較解剖−食虫目からヒトまで−
近藤信太郎(愛知学院大学・歯学部・解剖学第二講座)
Comparative odontology of tooth roots ? from insectivore to human?
KONDO, S.
 有胎盤類の根幹グループである食虫目とツパイ目における大臼歯の歯根形態を比較した。上顎大臼歯の歯根数は3〜5で種間変異が大きく、歯根の配置は歯冠外形と関係していた。下顎大臼歯では近心のトリゴニッドと遠心のタロニッドに対応する2本の歯根をもち、種による違いはほとんど認められなかった。過剰歯根の出現や歯根の癒合は食虫目では主として上顎大臼歯に認められた。食虫目スンクス大臼歯の根分岐部の発生時に歯冠とは独立した象牙質島(髄下葉)が出現する。歯根は歯冠を形成したエナメル器の下端から延びる上皮鞘によって形成される。髄下葉は上皮鞘が断裂してできた上皮島から形成され、その数は歯根数を決定すると考えられる。
Root and canal morphology of Sri Lankan and Japanese permanent teeth―What can root and canal anatomy tell us about the population difference?
○PEIRIS, R., TAKAHASHI, M., SASAKI, K., KANAZAWA, E., Dept. of Anatomy and Physical Anthropology, Nihon University School of Dentistry at Matsudo, Japan
 We conducted this study to compare the root and canal morphology of the permanent dentition between Sri Lanakns (SL) and Japanese (J). 1500 SL and 800 J mandibular and maxillary permanent teeth were used. Mesiodistal and buccolingual diameters of the crowns and height and trunk height of the roots were recorded to the nearest 0.01mm. Prevalence of Tomes' root in PM1 and root number of premolars and molars were also noted. Vacuum injection method was used to inject the ink into the root canal system and make the teeth transparent. In cleared specimens, the number and type of canals were recorded taking the Vertucci's classification as the main reference.
 SL had generally longer roots and smaller crowns than those of J. In premolars and molars, external root morphology was different between SL and J. Internal canal morphology showed more obvious different especially in PM1, PM2, PM1, distal root of M1 between the two populations. Root canal morphology together with root anatomy of posterior teeth provides important information about population differences.
下顎第一大臼歯の根管数と他歯の形態
北林知枝美(愛院大・歯・小児歯)
The relationship between the number of root canals of the mandibular firstmolar and the other tooth morphology
KITABAYASHI, C.
 Turner(1989)は、歯の形質によりモンゴロイド集団がスンダドントとシノドントに分けられることを示した。これらには歯冠のみならず歯根の形質についても記載がされている。特に、下顎第一大臼歯の遠心舌側根はシノドントに多く出現し、両者で明確に異なる8項目の中の1つであるとした。今回、歯根の形成時期より早く、遺伝的要因が強く働くと考えられる根管口に着目した。おそらく下顎第一大臼歯の4根管性はシノドントの特徴形質になりうるであろう。この仮説を検証するために、下顎第一大臼歯の根管を3根管と4根管に分類し、他歯の形態を分析したので結果を報告する。
大臼歯歯根数の集団間変異
  ―日本列島における時代的変異と系統間変異―
○真鍋義孝1、北川賀一1、小山田常一1、井川一成1、堤田 証1、加藤克知2、六反田 篤1 (1長崎大院・医歯薬・顎顔面解剖学,2長崎大院・医歯薬・理学療法学)
Temporal and genealogical variations of molar root numbers in the native and migrant Japanese populations
MANABE, Y., KITAGAWA, Y., OYAMADA, J., IGAWA, K., TSUTSUMIDA., A., KATO, K. and ROKUTANDA, A.
 形質人類学において、歯の形態変異は極めて有用な情報を提供してくれる。歯の形態変異の研究の多くは、主に歯冠について詳細に行われてきたが、歯冠形態は咬耗・磨耗や齲蝕などの後天的要因による影響を受けやすいばかりでなく、古人骨の場合には歯冠の破折・崩壊や歯の死後脱落が多くみられることから、歯冠データの採取が困難な状況に遭遇することが多い。このように歯冠データの採取が困難な場合は、歯根形態のデータのみを用いて解析することも必要になる。本研究では、大臼歯部の歯根数の変異に着目し、日本列島における集団間変異の要因を縄文時代から現代までの時代的変異、および在来系と渡来系の系統間変異の2つの観点から考察した。
B2 後期中新世の類人猿進化と人類の起源
主催 進化人類学分科会
日時:11月3日(金)15:30〜17:50
会場:D会場 (教育研究棟B104)
開催趣旨
 人類の起源を解明するため、化石研究は欠く事のできない重要な柱のひとつである。人類化石については、これまで、世界各地で時代の異なるさまざまな産地から、いろいろな標本が報告されてきた。特にアフリカでは、東部と南部を中心に初期人類の化石が多数見つかっており、更にここ数年間で、ケニヤやエチオピア、チャドから次々と古い人類化石が発見され、その記録は中新世末にまで遡る事になった。一方、類人猿の化石に関しては、漸新世後期から中新世半ばの初期類人猿がアフリカ(特に東部)から、かなりの数、報告されているものの、ヒトとアフリカ類人猿の分岐が起きたと考えられる中新世半ば以降の化石はアフリカからはほとんど見つかっておらず、肝心の部分が空白となっている格好である。だが、最近、日本隊の調査によって、ケニヤのナカリ地域の後期中新世初頭の地層から新たに大型類人猿を含む霊長類化石が発見された。調査はまだ継続中であるが、この空白期のアフリカにおけるヒト上科の進化に光を当てる事が期待される。今回の進化人類学分科会シンポジウムでは、人類学、古生物学、地質学の立場から、ユーラシアとの広域的な関係も視野に入れつつ、ナカリにおける日本隊の調査を紹介する。
総合司会
 國松 豊(京都大・霊長研)
プログラム
後期中新世の類人猿の進化
國松 豊(京都大・霊長研)
Hominoid evolution in the Late Miocene
KUNIMATSU, Y.
 従来、アフリカでは、主に東部の漸新世後期から中新世中期初頭の化石産地からさまざまな初期類人猿化石が発見されてきたが、中新世後半以降の類人猿化石はほとんど知られていない。対照的に、ユーラシアでは、その時期の類人猿化石がヨーロッパから中国に至る広い地域で見つかっている。中新世後期(1100万〜500万年前)は、人類の起源を考える上で重要な時期であるが、これまで、アフリカではその時期の類人猿化石が極めて乏しかった。しかし、最近、日本隊によって、ケニヤ中北部のナカリ地域で新たに中新世後期の類人猿化石が発見され、アフリカの化石記録における知識の空白を埋めるものとして期待されている。
後期中新世の哺乳類動物相の変遷と交流
○仲谷英夫(鹿児島大・理・地球環境) 辻川 寛(東北大・医・人体構造) 三枝春生(兵庫県立大・自然・環境研) 國松 豊(京都大・霊長研) 中務真人(京都大・理・自然人類)
Evolution and Interchange of the Late Miocene Mammalian Fauna
NAKAYA, H., TUJIKAWA, H., SAEGUSA, H., KUNIMATSU, Y., NAKATSUKASA, M.
 サハラ以南のアフリカの後期中新世哺乳類動物相は、東アフリカでは後期中新世の初期と末期に限られ、人類の起源に関連した700〜1000万年前の動物相は非常に少なかった。ケニア北部サンブルヒルズのナムルングレ層(約950万年前)からはヒト上科化石を含む豊富な哺乳類化石を産出し、他の地域との比較を行うことができ、かつてシワリク地域との関連が強いとされてきた当時の東アフリカの動物相が北アフリカや西ヨーロッパの動物相との関連が強いことを示した。ほぼ同時期のヒト上科を含む豊富な哺乳類化石が得られたナカリ層からはパラテチス地域との関連を示す分類群もみられ、アフリカとユーラシアの交流を詳細に検討することが可能になりつつある。
河川・湖成堆積物から読む東アフリカ〜ヒマラヤでのモンスーン活動
酒井哲弥(島根大・総合理工)
Monsoon activity decoded from fluvial and lacusrine deposits exposed in East African-Himalayan regions
SAKAI, T.
 類人猿、人類進化の理解に気候変動の理解は不可欠である。従来、気候の復元には植物化石やほ乳類動物相、炭素・酸素同位対比などの指標が使われてきた。モンスーン影響下で雨期の降水が増えると、直接的には河川の流路や洪水形態の変化として現れる。このため河川や湖、その周辺の堆積物の特徴は降水量の増減を知るための指標となりうる。しかし河川・湖成堆積物を含め、気候代理指標の変化が起きた時期には狭い地域間でも差があることが多い。その原因の1つとして有力なのが集水域の特性である。ここでは東アフリカ、ヒマラヤ前縁部の中新統〜完新統(河川・湖成堆積物)を対象に、集水域の影響を考慮した上での古気候復元の成果を紹介する。
B3 二足性の起源と
     現代人の体に遺された問題点
主催 キネシオロジー分科会・ヘルスサイエンス分科会
日時:11月3日(金)13:00〜17:00
会場:A会場 (教育研究棟C101)
開催趣旨
 ヒトの日常的な直立二足歩行は、約500―800万年前にアフリカではじまったと考えられている。このような行動様式の変革が導かれた理由については種々の議論がなされているが、真相はわかっていない。樹上生活していた類人猿は、ブラキエーションや垂直木登りなどを含む樹上での生活を通して二足適応する前段階の身体構造を獲得したであろう。気候の変化などに伴う森林地帯の樹木の分布の変遷は、類人猿の移動運動様式の適応と進化に関与した可能性が指摘されている。その後に起こった脳の発達や文明の発展とヒトの身体適応を考えるとき、二足歩行能の進化とその身体への影響を探ることは、ヒトの将来にわたる進化や健康を考える上においてヒントを与えてくれるものと期待される。
 初期人類は、類人猿やその祖先の哺乳類から受け継いだ骨格の構造と筋の使い方を変更することで、体幹を日常的に90度回転し、股関節を伸ばして生活するという変革を達成した。二足姿勢では、脊柱や下肢関節は四足哺乳類の時代に決められた範囲を踏襲しながら、四足姿勢のときとはちがった日常の姿勢に対処している。二足歩行時には、股関節や膝関節が伸展したときには、屈曲したときよりも下肢筋の負担が軽減される。振り子運動の利用は、ヒトにとってより効率の良い二足歩行を可能にした。さらに、物理法則に合うように二足歩行を精緻にコントロールするためには、神経機構の変革が必要であったが、これに関しても祖先から引き継いだ制御機構を利用することができた。
 しかし、二足歩行では、当然ながら四足歩行をするときと違ったパターンの負荷が体の各所にかかり、さまざまな問題を生じていることも事実である。このような証拠はすでに猿人ルーシーの時代に椎骨の病変として認められている。現代人に至っては長時間同じ姿勢をとることや、腰の関節にモーメントがかかるような負荷や外傷、加齢は体の構造上の問題に起因する腰痛を引き起こす要因と考えられる。一方、文明の発達による生活様式の変化や、社会構造の変化、複雑化、これらと関連した心理的な要素も腰痛の要因になっていると指摘されている。
 本シンポジウムでは、はじめに哺乳類一般に見られる二足性に注目する。続いて哺乳類の性質を樹上生活のなかで踏襲したサル類に着目して、彼らが直立二足歩行をするヒトへ進化した要因について考察を加える。つぎにサルを用いた実験的な行動観察から、ヒトが二足性を獲得した過程における体への負荷の変化について検証する。さらにヒトの二足行動とそれに関与する筋骨格系の形態と機能、筋の神経コントロールなどの観点から二足行動に伴う不具合とそれらの要因との関係について、とくに腰痛と筋骨格系の機能形態との関連性に焦点をあてて検討する。これらに基づいて、二足性の獲得に伴って生じた問題点の解消法について、現代社会を取り巻く生活環境や現代人の身体特性を考慮に入れながら考察したい。
総合司会
 松村秋芳(防衛医大・生物)
プログラム
哺乳類の二足性について考える
松村秋芳(防衛医大・生物)
Study on bipedal habit of mammals
MATSUMURA, A.
 直立二足歩行は、ヒトとほかの哺乳動物を隔てる重要な特徴である。しかし、多くの動物種が行動のレパートリーとして二足行動をもつことも事実である。霊長類では祖先から引き継いだこの性質が、樹上適応放散を機に一般哺乳類とは異なった段階にすすんだ。したがって、一般哺乳類の二足行動について知ることは、霊長類の運動適応の特徴を明らかにすることにもつながる。自発的にしばしば二足起立姿勢をとることで知られるレッサーパンダ(Ailurus fulgens)の日常行動の観察から、この動物の自発的な二足起立行動は、木登りやブラキエーション様の行動と密接に関連している可能性が示唆された。類人猿段階の前適応との類似性に興味が持たれる。
霊長類の二足性の進化:サルからヒトへ
石田英實(滋賀県大・人間看護・基礎)
Evolution of bipedalism in primates: From non-human to human stage
ISHIDA, H.
 サル類は樹上に適応放散したことから一般哺乳類とは異なる二足運動能を獲得している。この適応をヒト二足性への前適応と捉え、類人猿段階では体の大型化が登攀・懸垂型体移動を定着させ、前適応がさらに進んだといえよう。ヒト科の二足性行動の開始にはこの前適応が基礎となったが、直接の契機は捕食者への警戒や威嚇と考えられる。乾燥化がオープンランド横断の長距離化をもたらしたが、群れ単位の二足による立位や体移動は捕食者に大きな威嚇効果を与え、「群れ型二足行動」が日常化したのではなかろうか。その過程では二足歩行の経済性や運動性が向上し、手の機能拡大などもみられ、ヒト二足性が徐々に完成したと推論する。
神経筋骨格系の構造改変と二足歩行の獲得
荻原直道(京都大・理・自然人類)
Modifications in locomotory neuro-musuclo-skeletal systems and acquisition of bipedalism
OGIHARA, N.
 ヒトが本来不安定な直立二足歩行を獲得するに至った背景には、筋骨格系の構造変化のみならす、感覚運動神経系の改変が不可欠であったと予想される。しかし近年、マカクやヒトを対象とした歩行の生理学的研究が進み、2足歩行を行うヒトの歩行神経系は、本質的には他の哺乳類から大きく変化していないことが明らかとなってきた。一方、ニホンザルの歩行分析からは、特に股関節まわりの筋骨格形態の改変が、ヒト的二足歩行の獲得に重要であったことが実証的に明らかになりつつある。ヒトの常習的直立二足歩行の発現には、神経構造の改変よりも身体筋骨格構造の改変がより直接的に関与したと考えられる。
ヒトの二足歩行の特性とその要因
中野良彦(大阪大・人間科学・生物人類)
Features and the factors of human bipedal walking
NAKANO, Y.
 ヒトの直立二足歩行に見られる大きな特徴として、股関節の過伸展と膝関節の180度近い伸展があげられる。これらの特徴は、初期人類から現代人に至る過程で進化してきたものであり、近年、様々な立場からこの進化過程についての研究が進められている。本研究では、現代人に下肢関節の伸展を制限した実験的条件による歩行を行わせ、運動分析、筋電計測等の方法を用いて、通常の歩行との比較からその特徴の機能的な意義について検討した。その結果、股関節の伸展は長時間の歩行に、膝関節の伸展は歩行速度にそれぞれ大きく関係していると考えられた。それらの進化をもたらした要因について、環境への適応という側面から考察を加える。
ヒト屍体腰椎を用いた前弯姿勢変化の再現
桐山善守(独立行政法人国立病院機構村山医療センター 臨床研究センター)
Reproduction in in-vivo motion of lordotic posture using the cadaveric lumbar spine
KIRIYAMA, Y.
 生体内において腰椎の前弯姿勢の変化を再現するために、ヒト屍体全腰椎に前屈30°、側屈20°、回旋10°時の筋張力を加えた。筋張力は、アクチュエータとロードセルによるサーボ機構により発生させた。屍体腰椎に胸郭下端と骨盤部を模擬した治具を取り付け、筋の付着位置に取り付けたステンレスワイヤを腹直筋、左右内・腹斜筋、左右脊柱起立筋の筋走行に沿って牽引した。この結果、前屈時には各椎骨が前屈し椎骨の重心位置が直線的に並ぶことで前弯姿勢が消失した。側屈と回旋時には、側屈および回旋運動に加えて軽度前屈姿勢が生じた。また前屈と側屈時には全ての椎骨が運動角度を示したが、回旋時にはL3、L4が主に回旋を示し、運動角度が分散した。
二足立位姿勢の制御と腰痛の予防
藤原勝夫(金沢大学・大学院医学系研究科)
Control of bipedal standing posture and prevention of low back pain.
FUJIWARA, K.
上肢運動時の姿勢運動パターンと腰椎変形との関係について検討し、運動の面から腰痛症予防について考察する。上肢を急速に90度に屈曲した場合に、平衡を維持するために身体重心を後方に移動する姿勢運動が認められる。この運動様式を、下肢の回転角と股関節を軸とした体幹の回転角によって評価し、股関節屈曲型と股関節伸展型に分類した。高齢者を対象に、上肢運動と腰椎部のX線撮影を実施した。股関節屈曲型の被験者全員が、腰痛を経験していた。腰椎椎体の前後端の高さの比は、第I、IV、V腰椎椎体において、股関節屈曲型の方が有意に低かった。この結果をもとに、上肢運動時の姿勢制御様式を考慮に入れた姿勢運動訓練法について考察した。
慢性腰痛と体幹筋力
武政龍一(高知大学・医学部・整形外科)
Chronic low back pain and trunk muscle strength
TAKEMASA, Ryuichi
 腰痛は二足行動を行うヒトにとっては避けられない痛みであるといわれている。脊椎の運動機能を担い、脊柱を安定化させる働きは、腹筋や背筋などの体幹筋がdynamic stabilizerとして関与しており、その機能不全は腰痛、特に慢性腰痛との関わりが深い。我々は体幹筋力測定装置を用いて、慢性腰痛患者の体幹屈曲(腹筋)および伸展(背筋)筋力を測定し、慢性腰痛患者には健常者と比べて伸展筋力優位の体幹筋力低下があることを報告し、また体幹筋力強化訓練にて筋力の増加とともに、日常生活の機能障害や慢性腰痛が改善していくことを見いだした。今回慢性腰痛と体幹筋力の関わりについて、医学的な立場から考察し報告する。